相手に寄り添うための想像力

生活スタイルも仕事も年齢も性別も、いろんなものが違う人がほとんどなわけで、じゃあそのうちの誰か一人に対して寄り添って理解を示そうと思うと、とてつもない想像力が必要になる。
だって自分はその人と同じ人生を歩んできたわけじゃないし、経験も違うし考え方も違うし、その人の気持ちなんて理解しようとしても100%同じ気持ちになることはできないから、その人に寄り添うためには想像力を働かせるしかない。その人の立場とか発する言葉からできる限り気持ちを汲み取って、さらに僕が発する言葉もこちらのエゴが出ないように、そして相手の負担にならないように、注意しながら選ばないといけない。

 

ついつい軽々しく口にしてしまいがちな「できることはなんでも言ってね?」というセリフはもちろん本心ではあるのだけど、もし仮に相手の気持ちを受け止められる器が自分にはなかったときにイタイ目をみる。
相手を一時的に安心させることが最善とは限らないし、もしかしたらダメなことはダメと伝えることが最善かもしれない。だからと言って、その人の力にはなりたいのは嘘じゃないわけで、僕にできることはなんだろうかと精一杯の想像力を働かせる。

 

でもそういうのって相手に寄り添いたいという気持ちだけでは常に最善の答えが出せるものでもなかったりする。優しくて思いやりがあれば相手を安心させられるかというと、いつもそうとは限らない。

 

 

ビビンバにコチジャンを入れることを知らなければ『おこげ風・野菜と白米の卵和え』という料理名になる。でも知っていればビビンバにすることもできるし、つまり別の料理として味わうという選択をすることもできる。

 

 

何この例え。
つまりじゃねえわ

 

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くすみ

甘党です。音楽と靴磨きします。

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